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「WORLD SOSIAL FORUM KENYA 2007」
− 数日間のナイロビ紀行 −(日記風)

特定非営利活動法人ヒューマンライツわかやま  池田

●世界社会フォーラムとは?
世界にある人権・貧困・病気・環境をはじめ様々な社会問題の当事者、研究者、支援者を含めた団体あるいは個人の参加により、それらの問題を考え、自由に意見交換をし、互いに連帯を広げていこうとするものです。
第1回は、2001年にブラジルで開催され、60000人の人が参加しました。
私は、国連NGO「IMADR」のメンバーとともに参加しました。

●関連ホームページへのリンク
▼世界社会フォーラム憲章
http://www.kcn.ne.jp/~gauss/jsf/charter.htm

▼IMADR
http://www.imadr.org/japan/

も く じ
■1月19日  ■1月20日  ■1月21日  ■1月22日  ■1月23日  ■1月24日  ■1月25日+追記
■ 2007,01,19  関空から

関空からカタール航空ドーハー行き<11:05分発>に乗る。
約12時間の搭乗、そんな長時間の搭乗経験は全くなし、少々不安である・・・。
ただし、日本人の観光客が多い、話に聞くと行き先は<エジプト>らしい・・、いいなあ・・。
離陸して直ぐに夜食が出た。
食事内容をチョイスできるらしいが、メニューが読めない。
とりあえず「フィシュ」とビールを注文。
和食もあったらしいが、せっかくの外国行きであるので洋食を・・・。
出てきたのが、魚と香辛料たっぷりの・・・まあ、ピラフかなあ・・ってとこです。
イケるかも・・・。
食事が終わると、資料や情報チェックをはじめるが気付かない間に寝てしまった。
起きると、飛行機はモンゴル上空あたりであった。
かといって何も見えるわけではなく、モニターを見てでのこと。
暫くしてまた寝る。
次は、イランかアフガンの国境あたり。
間もなく(といっても2時間はかかるであろう)ペルシャ湾に差し掛かるはず・・・。
ウトウトとしていると機内が少々ざわつく、朝食だ。
さすがにビールは止めにし、コーヒーにした。
朝食が済むとまたウトウト、我ながら感心する。
ただ気になるのがトイレ待ちの列、関空からずっとである・・・。
結局、並ぶのが面倒で我慢しながら・・1回しか行かなかった。
そして、ドーハー国際空港に早朝の5時30分に着いた。
時計の時刻は、6時間半であるが、時差があるために、やはり12時間あまりかかった。
聞くと、帰りが9時間で関空まで行くらしい・・。
考えても考えても理屈に合わない・・・まあいいか・・・。
それから、関空からずっと夜であった。
■ 2007,01,20  ドーハーから

ドーハー国際空港に早朝の5時30分に着いたが、ナイロビ行きまでの待ち時間が約4時間。
うんざりだよ・・・。
でも帰りは、ここで12時間も待ち時間があるらしい・・。
どうするのよ・・!

さて、同行のM君(IMADRのメンバー)と着いて初めにしたのが<喫煙所>探しである。
これは、直ぐに見つかる。
例によって、室内は煙だらけ・・。
それでも至福の一服である。

その後、トイレと洗顔、お湯が出る。
水が『・・・ (-"-;)』と思ったのは一瞬で、気にせずに歯を磨く。
ああ・・気持ちがいい・・・。

ドーハー国際空港。
朝早くから空港内を清掃している人が多い。
すごくきれい・・・。
乗り継ぎの客が多い感じ。
中継基地のようなもの・・・。
さすがというくらい国際色豊か。
当然アラブ系の人が多いが、欧米人、アジア系・・・とにかく様々で、勿論、日本人もである。
免税店やファーストフードの店を覗く。
やはり高い・・・。
それから、ターミナルビルから滑走路の向こう側に朝日が昇ってきた。
無茶きれいである・・感動・・。
観光客が一斉にシャッターを押す。
日本人が大半である。
M君、Bさんと三人でコーヒーショップへ、私は、コーヒーとサンドウィッチを・・・。

カタール航空ナイロビ行きは、少し遅れて10時過ぎであった。
今度の乗客は、アフリカ人と欧米人がほとんど・・・・。
機内から見る景色は、ドーハーの町、ペルシャ湾そしてアラビア半島と続く (といっても、平べったい大陸)・・。
砂漠が延々と広がっていく。
また眠くなる・・・。

起きると、昼食。
またチョイスできるが何でもいい感じ。
ビールを頼む。
それに昼食のオムレツっぽい料理。
食事が済んで窓越しに見ると、ちょうど紅海を挟んでアフリカ大陸の北東部の陸地が見える。
いよいよアフリカ。
そして、荒涼とした大地が望む。
緊張感がみなぎってきた。
エチオピア、スーダンそしてソマリアと続くこの地域は、この地球上でも 極めて困難な状況に陥っている地帯である。
しかし、空からは、そんなことは感じず、ただ大地が広がっているだけである。
6時間の旅、時間を追う毎に大地の色が変わる。
サバンナの草原が雲間から見え隠れする。
いよいよ目的地のケニア・ナイロビに近づく。

ナイロビの空港は、果てしないサバンナの中にある。
気温、20度くらいで、極めて快適である。
空港の風囲気は、あまり広くはなく、なんか雑然としている。
入国審査もゆるやかだ。
空港出口はごった返していた。
聞くと昨日のほうがもっとすごかったらしい。
「第7回世界社会フォーラム」の開会イベントのためで、 20日から26日の開会期間中は、10万人くらいの人出らしい。

迎えの車に乗り込み宿舎の<シロナホテル>をめざす。
車窓からキリンを目撃。
ナイロビまで20分くらいかかる。
車が無茶苦茶多く、ほとんどが日本車。
信号が殆どないのに、スピードを出して走りまくる。
それから歩いている人もやたら多い。
勿論、ケニアの人である。

やがて宿舎のホテル(SIRONA HOTEL)に着いた。
はっきり言って、もうひとつで、よく言えば、平屋で一見リゾート風(あくまで風である)。

部屋に案内されて、早速電話の充電やテストなど準備にかかる。
電話の第1号は、息子の清吾である。
当方、午後5時50分、岩出は12時前。
やはり6時間の時差である。
他愛のない話を5分間もした・・・電話代4,000円近くもかかる。
その次に、事務所のS君に電話をするが出ない。
いつもどおりだ。
しかも、夜の12時・・、F君に電話する。
この人はこの時間だとまだ活躍中で・・やはり出た。
少し嬉しかった(子どもか!)。

夕食は、ホテルのレストラン。
何かすごく薄暗い。
そこで、先乗りの武者小路公秀先生(IMADR日本委員会理事長)やIMADRのメンバー、セネガルの二人の女性(ゲスト)それに、懐かしいファティマさんらインドの二人の女性に会い、改めて紹介と簡単な打ち合わせ(雑談)。
食事がなかなか来ない、1時間かかってやっとだ。
例によって、ビールも頼む。
料理は、魚のケニア風の料理(トマトと香辛料のごった煮、ポテトの付け合せ)、それにトウモロコシで作ったウガリというマッシュポテト風の・・・あまり美味くない。
割り勘で、1,200シリングもした。
高いんじゃない?・・3,000円近くだ。
食後、ビール片手にテラスに出た。
少し、肌寒い。
聞くと、治安が悪くて、会場とホテルの往復らしい。
M君と二人で愚痴ばかり出る。
結局、10時頃まですごし、部屋に帰る。
一日の行動終わり。
シャワーは明日朝に・・。
それから、レストランに徘徊していた猫が無茶かわいかった。



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