私は、ハンセン病について話を聞いたり、映像を見たりして、ハンセン病の事を少しは理解できたと思います。
「長島愛生園」というハンセン病療養所は過去にハンセン病を患った人ばかりがいて、治っているのに社会が偏見を持ったり、差別をしているから、入所している人は不安などを持っている、ということを聞いて驚きました。
あやまった情報を覚えるのではなく、今日、勉強したみたいに学習会をひらいて、正しい情報を身に付けていくのがハンセン病だけでなく、今、社会にある様々な差別をなくすために大切なことだと思いました。
亡くなって骨を故郷に帰してもらえないのは、とてもつらいことだと思いました。
今、少しずつでもそういった差別が昔よりなくなっていることは、とても良いことだと思いました。
私も今日は学習したこと以上に高校生になったら、たくさん学習したいです。
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山本美博さんのコメント
「長島愛生園」に入所しいてる人たちの不安の源は、「ハンセン病が治っているのに社会が偏見を持ったり、差別をしているから」というとらえかたに、T.Rさんの鋭さがうかがえます。
そして、差別をなくしていくために大切なことは、「あやまった情報を覚える」のではなく、「正しい情報を身につけていくことだ」と結論づけています。
すべての差別問題に共通するとらえ方だと思います。
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近藤勉さんのコメント
「勉強したみたいに」の「みたい」は「ように」と書き言葉にした方がよいでしょう。「亡くなって骨を・・・」の一文は「亡くなっても」と「も」を一字加えるだけで辛さが強調できます。最後の一文の「今日は」の「は」はない方がよいでしょう。
また「高校生になったら」という書き方は、中二〜中三の間が空白になるので、ここは「私は今日学習したこと以上のことをもっとたくさん学びたい。」と強く言い切った方が意志の強さがでるでしょう。
全体としては、とてもよく書けています。
不確定で、さまざまな情報が氾濫している今の時代に、正しい情報を身につけていくことの大切さを述べている一文は、しっかりした問題意識がうかがえ、特に光った一文といえるでしょう。
何が真実かを問い続ける視点はとても大切です。
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